名古屋高等裁判所 昭和41年(ネ)51号 判決 1967年12月27日
主文
原判決をつぎのとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し金二〇万円およびこれに対する昭和三六年三月八日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その四を控訴人その余を被控訴人の負担とする。
本判決は、控訴人勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
事実
控訴会社代理人は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人は、控訴人に対し、本判決宣言より一〇日内に、朝日新聞、毎日新聞および中部日本新聞の各三重版に、伊勢新聞および夕刊新伊勢の各紙に、それぞれ三段四ツ切大の紙面につぎの謝罪広告を二面あて掲載せよ。
謝罪広告
三重県津市栄町二丁目百六番地(四号活字)
謝罪人(三号活字) 山本恒一郎(二号活字)
私の不心得から、全く無関係の名古屋市西区菊井通七丁目十三番地相互不動産株式会社代表取締役須永伊之助殿を不当に被申請人として長期に亘つて仮処分の執行を為し、全国的に営業する知名の御社の名誉と信用とを毀損し且つ多大の損害をお掛け致しまして真に申訳ございません。今後はこのような事は決して致しません。ここに謝罪広告を掲載致しまして深くお詫び致します。(以上本文四号活字)
相互不動産株式会社殿(二号活字)
三、被控訴人は、控訴人に対し金一〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否については、左記のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
一、事実上の陳述
控訴会社代理人は、つぎのとおり述べた。
(一) 本件仮処分の執行は違法執行であることは原判決認定のとおりである。問題はこれに対する被控訴人の故意過失の存否にかかるわけであるが、違法仮処分については、故意過失を問題とせず、むしろ進んで無過失責任を認めるべきであるとする考え方が最近の有力な見解となつてきている。
しかし、判例は大体過失主義によつているとはいえ、近来できるだけ広く過失を認めようという態度を示していることが認められる。これは、保全処分の当事者間を衡平の原則で処理せんがために必然的にとらざるを得ない態度であつたといえよう。
過失推定の理論もこの衡平の要求から当然の帰結であるといえるわけである。
しかし、判例がとつている過失責任を前提とする以上は、過失責任の枠内では妥当に処理され得ない事案を生じてくるのは当然である。前提が誤つている以上妥当な結論を得ようとすること自体無理がある。過失主義の前提と理念としての衡平の原則はどこかで破綻を免れないのは当然である。前述の過失推定にしても、そのよつて来る根拠はまことにあいまいである。従つて、前述の衡平の原則を貫くためには無過失責任を認めるべきである。
(二) 以上述べたごとく、被控訴人の過失の有無は、その責任の消長に無関係だとは信ずるが、仮りに、旧来の判例を踏襲し過失を要件とするものとしても、違法仮処分に関する申請人の過失責任については、前項のごとき考え方からして、被申請人たる控訴人に利益の観点から被控訴人の過失を広く認めてしかるべきで、いわゆる軽過失といえども被控訴人の責任を問うに際し賠償の責任条件とさるべきである。
(三) 被控訴人は、本件仮処分決定に対する異議訴訟において敗訴し、右判決に対して上訴せずにこれを確定せしめている。この点からみるも、本件仮処分の執行が自己の過失に起因することを認めた証左に外ならない。
更に、被控訴人は、本件仮処分申請をなすに当り、単に、訴外須永伊之助から控訴会社の取締役社長の肩書付名刺をもらい受けたこと、昭和三五年一月一日付被控訴人宛の年賀状が控訴会社の名義で差し出されたことをもつて、直ちに控訴会社を被申請人として本件仮処分申請に及んだものである。本件仮処分申請をなすに当つては、何人を債務者となすかは、これが時に仮処分債務者とされた者の信用、名誉等に重大な影響を及ぼすものであるから(特に、控訴会社のごとく信用を第一に重んずべき不動産業者にとつてはしかり。)、可及的に慎重な調査をなすべき義務があり、本件仮処分についていえば、その目的たる土地の旧所有者で被控訴人と熟知の間柄である訴外戸野元蔵につきこの点を調査すれば、右土地の現所有者が控訴会社にあらずして訴外須永伊之助外二名であることは、直ちに判明するはずであり、また、実際に整地を行つていた揖斐川工業株式会社につき調査すれば右目的土地の周辺の整地施工者が右訴外人等であることも容易も判明するはずであつて、前記のごとく名刺および年賀状のごときもので控訴会社を右土地の所有者兼整地施工者と断定しこれを債務者として本件仮処分申請に及び、これが執行をなしたことは、被控訴人の故意に基くか、しからざれば過失に基くものといわなければならない。
二、立証関係(省略)
理由
一、控訴会社を被申請人とする昭和三五年四月八日付仮処分決定(別紙第一目録記載にかかるもの、以下本件仮処分という。)に基く本件仮処分の執行に関する事実関係、控訴会社の提起にかかる右仮処分に対する異議訴訟、右仮処分に関する本案訴訟において、いずれも控訴会社の勝訴に帰し、それぞれ第一審判決は確定したこと、右仮処分決定およびその執行が被申請適格を欠く控訴会社を仮処分債務者としてなされたものであつて違法執行であること、しかして、右違法執行については仮処分債権者たる被控訴人において故意ありと認むべき事跡の存しなかつたことについては、当裁判所の判断も原判決第六枚目裏一行目より第七枚目裏七行目までの判示と同一であるから、ここにこれを引用する。
二、ところで、仮処分の違法執行においては、特段の事情のない限り、一応仮処分債権者に過失あるものと推定すべきことは前述のとおりであるが、本件仮処分債権者たる被控訴人は、控訴会社を債務者として本件仮処分申請に及んだのは、相当の理由に基くものであつて、右申請にあたつてなんら過失なき旨を主張するので、この点につき検討する。
いずれも成立につき争いのない甲第一八号証、第三一号証の四、第四一号証の一、乙第六号証、第九号証、原審における被控訴人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、原審証人須永正臣、当審証人山崎一定、同江森啓冶郎、同須永伊之助の各証言、原審における当時控訴会社代表者であつた須永伊之助、被控訴人本人の各尋問の結果の各一枚を総合すれば、訴外須永伊之助外二名は、昭和三五年一月一九日、訴外戸野元蔵所有にかかる津市大谷町一六七番田一畝八歩、同町一七三番田七畝外一筆の土地を購入したところ、その後、隣接地の所有者たる被控訴人との間において右訴外人等の購入した右土地所有権の帰属について紛争を生じ、同年四月五日頃、右当事者たる訴外須永伊之助および被控訴人等が現場に集まり、前記一六七番および一七三番の土地のうち別紙第一添付第一図および第二図記載の各土地(以下本件各土地という。)の範囲およびその所有権の帰属等について談合したが、双方ともこれを自己の所有なりと主張して譲らず、結局物別れとなつてしまつたこと、当時、右訴外須永伊之助外二名は、津市大谷町に本件各土地を含め約二、五〇〇坪にのぼる土地を所有し、これを緑ケ丘住宅地と通称する宅地として分譲する目的のもとに、訴外揖斐川工業株式会社に対し右土地の埋立整地工事を請負わせ、同訴外会社においてブルドーザアを使用してその整地工事中であつたが、時恰も前記談合の直後頃、本件各土地から程遠からぬ地点まで右整地工事が進捗してきたところから、被控訴人は、とりあえず本件各土地に対する仮処分をなす必要に駆られるに至つたこと、ところで、訴外須永伊之助(当時控訴会社代表者)においては、控訴会社が本件各土地を購入し、その周辺附近を埋立整地しているなどというがごとき言辞をもらしたことはなかつたが、本件各土地を購入する前年度たる昭和三四年中(およそ同年夏以後の頃)に、被控訴人に対し、周辺の土地の分譲事業をなす旨の挨拶をなした際、控訴会社取締役社長の肩書付の名刺を渡したことがあり、被控訴人は、右のごとき名刺を貰い受けたことや、昭和三五年一月一日付控訴会社差し出しの年賀状を受けとつたことなどからして、本件各土地を含む附近一帯の土地を買い受け現に本件各土地の附近まで整地工事を施工しているのは控訴会社なりと思いこみ、この点につきなんらの調査をなすことなく、昭和三五年四月七日、津地方裁判所に対し、控訴会社を債務者として本件仮処分申請に及んだこと、しかして、被控訴人が本件仮処分申請をなすに当り、右の点につき調査をなさんとすれば、これを簡易迅速になし得たはずであること、すなわち、訴外須永伊之助または控訴会社にこれをただすことが最も捷径であること論をまたないところであるが、これをなすをはばかる事情ありとすれば、本件各土地の旧所有者たる訴外戸野元蔵(被控訴人の知人)や、本件各土地の周辺の整地作業に従事していた訴外揖斐川工業株式会社につき右の点を調査しても、これにより前記のごとく本件各土地の所有権を争いかつ周辺土地の整地を実施していたのが控訴会社にあらずして訴外須永伊之助等であることが判明し得たはずであり、しかもかかる調査自体被控訴人にとり通常さしたる日時も要せず、また困難なものであるとは決していえない程度のものであることを認めることができ、当審証人野田一夫の証言、原審における被控訴本人尋問の結果中、右認定に反する各供述部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実を徴すれば、被控訴人が本件仮処分申請になすに当つて、単に訴外須永伊之助から控訴会社取締役社長の肩書付名刺を貰い受けたこと、および控訴会社より昭和三五年の年賀状を受けたことのみをもつて、軽々に本件各土地を購入した者および周辺土地の埋立整地施工者を控訴会社なりと断定したことは、事仮処分申請に及ばんとするに当つては軽卒に譏りを免れず、右をもつてしては前記過失の推定を揺がすに足る相当の理由ありとみることを得ず、他に控訴会社を債務者として本件仮処分申請およびその執行に及んだことが相当の理由に基くものと認めるに足りる証拠はない。
以上のしだいで、被控訴人が本件仮処分の違法執行に及んだことは、被控訴人の前記のごとき過失に基くものと認めるのが相当であり、被控訴人は、控訴会社に対し本件仮処分の違法執行による損害の賠償責任を免れないものというべきである。
三、つぎに、被控訴人の本件仮処分の違法執行により控訴会社の被つた損害について検討する。
控訴会社は、既に整地済み一、五〇〇坪の分譲の仲介周旋を委託されていたのにかかわらず、被控訴人の本件仮処分の違法執行により右の委託を取り消され、その手数料六〇万円を取得することができなくなつたほか、右の違法執行当時より二年間にわたり控訴会社の信用失墜によりその収益が四〇万円減少した旨を主張する。
右の周旋手数料六〇万円相当の損害を受けたとの点については、原審における当時控訴会社代表者であつた須永伊之助の尋問の結果中に「一六七番、一七三番等本件各土地を含む約一、五〇〇坪に及ぶ土地の所有者たる須永伊之助外二名が、被控訴人の本件仮処分の執行により、控訴会社に対し右土地分譲の周旋を委託しないこととし、右所有者が直接これらの土地を売却したため正規の周旋手数料合計六〇万円を失つた。」旨の供述部分があるが、他方成立につき争いのない甲第二八号証、右須永伊之助の尋問の結果により成立を認め得る甲第二九号証および当審証人須永伊之助の証言により各成立を認め得る甲第五〇号証の五、六、第四七号証の一〇、成立に争いのない乙第八号証、ならびに右尋問の結果および証言を総合して認め得る、訴外須永伊之助外二名が緑ケ丘住宅地の土地(前記供述にかかる約一、五〇〇坪の土地を含むかどうかはさておき)につきその分譲の周旋方を控訴会社に委託したものとみられるつぎのごとき事実、すなわち控訴会社およびその営業所たる緑ヶ丘分譲地事務所においては、本件仮処分の執行中である昭和三五年八月頃、右訴外人等所有にかかる大谷町周辺の土地を緑ケ丘分譲地としてその案内広告を新聞に折り込んで出し、昭和三六年二月末頃現地に「緑ケ丘高級住宅地」の広告塔を立てていること、控訴会社は昭和三五年四月二〇日金五〇万円、および昭和三六年三月金六〇万円、それぞれ訴外須永伊之助外二名より津市緑ヶ丘分譲地売却手数料として受領していることを認めることができ、これらの諸般の認定事実および訴外須永伊之助が当時控訴会社の代表者であつたことと対比すれば、須永伊之助の前記供述部分をもつとしては、未だ控訴会社の前記周旋手数料相当の損害を被つたとする事実を認定するに至らず、他に控訴会社の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
更に、控訴会社主張にかかる信用失墜による損害については、各成立につき争いのない甲第一五号証の一二、第二三号証、乙第一四号証、原審証人須永正臣、当審証人柳田隆三、同須永伊之助の各証言、原審における当時控訴会社代表者であつた須永伊之助尋問の結果を総合すれば、控訴会社は、須永伊之助を代表者として昭和二二年一一月二九日設立された不動産売買および仲介周旋等を目的とする会社であり、その代表者であつた須永伊之助は、本件仮処分執行当時、全国宅地建物取引業組合連合会の会長等の職にあつて、控訴会社は不動産取引業界で可成り名の知れた業者であつたこと、控訴会社は、被控訴人の本件仮処分の違法執行により業界においても兎角の噂を流布されるようになり、また、右仮処分執行の公示札により世間的にも右執行を受けたことを広く知られることとなり、不動産取引業者としての信用を失墜し、これによりその取引業務の上でも影響を蒙つたこと、そして、本件仮処分は、昭和三五年四月八日執行され、昭和三六年三月九日執行を解除されたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定にかかる諸般の事情に徴すれば、控訴会社が被控訴人の本件仮処分の違法執行により信用を失墜し被つた損害額は、金二〇万円をもつて相当とするものと認める。原審における当時控訴会社代表者であつた須永伊之助の尋問の結果中、右認定に反する供述部分は、前記認定にかかる諸般の事情と対比してたやすく措信し得ず、他に右認定を覆えし控訴会社主張にかかる損害額を認めるに足りる資料はない。
四、よつて、被控訴人は、控訴会社に対し右損害金二〇万円および本件訴状送達の日の翌日たること本件記録により明白な昭和三六年三月八日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
控訴会社の本訴損害金請求は、右の限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却すべきである。
五、控訴会社は、更に、謝罪広告の掲載を請求するが、前記三、の各認定事実および弁論の全趣旨を考え合せれば、控訴会社の前記信用の失墜は、本件仮処分執行の解除等により既に現状に回復しその必要性なきものと認められるから、控訴会社の右謝罪広告掲載の請求は失当として棄却すべきである。
よつて、当裁判所の前記判断と結論を異にする原判決はこれを取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
別紙第一
仮処分決定
申請人 山本恒一郎
被申請人 相互不動産株式会社
主文
一、別紙第一図面、第二図面表示の土地(朱書部分)につき被申請人の占有を解いて、これを申請人が委任する執行吏に保管させる。
一、被申請人は別紙第一図面の訴外戸野元蔵所有の津市大字大谷町百六十八番畑一反三畝十五歩の西南隅(イ)点より(ロ)点に至る溝より以西山道に至る(津市大谷町百七拾番山林弐拾歩登記簿上は山林なるも現状は草生地で別紙図面朱書部分)土地に立入り若しくは此の土地内に於て埋立整地その他一切の行為をしてはならない。
一、被申請人は別紙第二図面表示の訴外戸野元蔵所有の津市大字大谷町百七十三番畑七畝歩の西北隅(イ)点より(ロ)点に至る線以北の土地(同所一三〇番地沼四畝十六歩)に立入り若しくは此の土地内に於て埋立整地その他一切の行為をしてはならない。
一、申請人の委任する執行吏は右各項の目的を達するため必要の措置を取らなければならない。
(昭和三五年四月八日 津地方裁判所民事部)
第一図
<省略>
第二図
<省略>